NEWSとの15年
私は小学生の時からジャニーズを見て育った人生です。
大人になったらさすがにイケメンを追いかけるなんてそんな日々じゃなくなってると思ってた。
でも、
年々好きになってしまう。
年々嫌いになれなくなってしまう。
会いたくてたまらなくなってしまう。
NEWSのこと好きで好きで愛しくてたまらなくて、見れば見るほど会いたくなって、また好きになる。
終わりのないオタク生活。
NEWSも記念すべき15周年!私の人生の半分はNEWSと一緒に過ごしてきました。
彼らを見ていると思います。
「この人たちと一緒に私も大人になったんだなぁ」って。
同じ時代に生まれた奇跡に感謝をし、これからもこの先も飽きるまでずっとありったけの愛情を注いでいく次第です。
人生の半分ということがなんだか嬉しくて、この15年を振り返りたくなったので残しておこう。
私がNEWSを好きになった理由は単純で、小学生の頃から山下智久という人の美しさに衝撃を受けて彼のことをひたすらに応援していました。
私がやまぴーをちゃんと担当として好きになった頃には、もう彼はJr.の中ではトップクラスの人気者で、かなり目立った存在。
何百人といるJr.の中でセンターで歌うような人。
大好きだったな。(重たい)
彼が初めての担当さまです。
山下担になってからは、当時まだガラケーで、ブログやTwitterなども普及してない頃だったため、掲示板などでお友達を探してはたくさんたくさんやまぴーのことを語り合っていました。
1番話を聞いてくれたのはお母さんだったな。
やまぴーを追いかけるには、当時から少年倶楽部は欠かせなかったです。
実家がBSが映る家で本当に両親には感謝しています。少年倶楽部が映らなかったら、、、今の私はいないかもしれない。
Jr.担にとって少年倶楽部の大切さって計り知れないです。
最高か!!!
ジャニーズJr.とは素晴らしいものだ、とテレビはもちろん、雑誌も惜しみなく買い込む日々。
アイドル誌って毎月何冊買ってもどれもかっこよくて本当にありがたかった。
今では実家の押入れの肥やしにしかなっていないけれど。
しかし、運命の出会いはそんなアイドル誌の1ページからでした。
私は1人の少年の写真を見て、一目惚れした。確かWinkUpかなんかの付録だった。
Jr.の髪型オーダーシート的なページに載ってた小山慶一郎くん。(た、多分...)
童顔で可愛くて、でもかっこつけてる金髪サラサラヘアの薄い顔の少年に恋をしました。
正直、見た目よりも気になったのは、誕生日が同じだったこと。
クソガキだった私はそんな偶然の数字なんかに引き寄せられて、彼のことに興味を持ち始めました。
そこから気になる小山くん探しは始まり、、録り溜めた少年倶楽部やら、Jr.が出た歌番組やらを見まくっていたら、数ヶ月で私はまんまと小山担になった。
はい、チョロいです。
当時からチョロいんです。
どこでどのタイミングでどう小山担になったか、正確なことは正直思い出せない。
むしろ記憶にない。
でも、KinKi Kidsの心に夢を君には愛を
で後ろでしゃかりきに踊る小山くんにはもう確信を持って、私は完全に恋に落ちていた。
それはそれはNEWSが結成されるほんの数ヶ月前のことだったと思う。
ちゃんと山下担してた期間も長く、もちろん担降りなんて相当悩んだんです。
まだ中学生だったけど。んなことで悩む暇があるなら勉強しろよ!ってツッコミは置いといて。。
しばらく担降りするまでは、担当→やまぴ、副担→小山とか言ってたなぁ。笑
懐かしくない?副担ってなに???笑
2003年9月15日 NEWS結成。
2人が同じグループでデビューするって聞いたとき、やったー!!!大好きなふたりが同じグループでデビューだ!!
っていう気持ちと、
なんでやまぴー斗真たちとデビューしないの(´・・`)っていう寂しさと、両方ありました。
正直NEWS結成のタイミングでは、私個人は山下担の歴史の方が長かったわけで、やまぴー寄りの考えだった。
なんでこんな不思議なメンバーで組んでんの?
斗真たちどうすんの?
関ジャニどうすんの??
手越ってだれ???←
森内...?うん。
この感情が大きかったなぁ。
全然楽しそうじゃないやまぴーを見て、そりゃそうだよな。
って思ったし、
ものすごく嬉しくて楽しくてたまらない!っていう小山くんの姿を見て、そりゃそうだよな。
って思ったし。
どちらの感情もなんとなくはわかるし、どちらも間違いじゃない。
複雑な気持ちでスタートしたNEWSファンとしての人生だった。本当に本当に、期間限定のグループだとも思っていました。
僕たち9人ですけどバレーボールにちなんで、活動は7人でローテーションでやるんです
と言っていたあの頃、、、
不思議すぎる。
そんな、ローテーションって。。。
しかし当初、活動していくにつれて居ないメンバー2人は決まってきた。
森内くんと亮ちゃん。
亮ちゃんはドラマがあって全然NEWSの活動できなくて、本人は悔しかったとも言っていたね。
その後すぐに森内くんが居なくなった。
彼は「学業に専念するためしばらく休業」と言われていたけれど、彼が戻ってくることはなかった。
いろいろあったよね、、、ははは。。。
そうかそうか。やはり期間限定なのか。
そう思うしかなかった。
しかしその後8人でメジャーデビュー。
それからは、最初に感じた違和感は、時間が解決してくれた。
日に日にメンバーみんなが楽しそうにしてるのが嬉しくなった。
急に集められたメンバーなんだから、最初の違和感は当たり前か。
このままきっと8人で大きくなるもんだと思っていました。
2015年春、内くんが入院した。
肺気胸。
完治して帰ってきた頃には少しふっくらしていて、健康的で。
また8人で頑張れるね!無事でよかった!と思った矢先、、、
Mステに出演したNEWS。
6人しかいない。
居ないのは内くんと亮ちゃん。
そっか、今日もまた関西組は別のお仕事か。
残念。
NEWSにはよくあった。エイトと掛け持ちをしていた2人は基本的にエイトのお仕事優先なので、そっちがあるときは不在。
そう、よくある話。
だから今回もか、とそれくらいにしか思ってなかった。
テレビの中の少し元気の無いメンバーに気づくこともなく。
その日、内くんのあの報道が出てきて、そういう事だったのかと衝撃が走った。
居なくなるなんて信じたくなかった。
いつかきっと戻ってくると思ってた。
でも、そんなに甘くなかった。
2016年初春、草野くんも居なくなった。
悲しいことに、またか。お前もかと思った。
でも怒りはなかった。草野くんのこと大好きだったから。
NEWS1のムードメーカーで、みんなから愛されて、いいやつだって知ってるから。
信じてたから。
しかし、疑わしきは罰する世界。
その春のコンサート最終日を持って、NEWSは年内活動休止が決定。
残された6人はそれぞれソロでの活動になった。
正直このとき、「もう終わりなのかな、、、」って思ってました。
せっかくみんな違和感もなくなり、噛み合ってきた歯車が、一瞬で崩れてしまって。
年内っていつ?年が明けたら復活なの?
元に戻るなんてあるのかなぁ?
信じていていいのかなぁ?
と答えの出ない毎日でした。
その頃に支えられたやまぴーのNEWS愛。
抱いてセニョリータをソロシングルとして発売した頃、
ソロは不安だからメンバーがそばに居ると思って、衣装にメンバーのイニシャルを入れた
そこには紛れもなく6人のメンバーの頭文字が入れられていて。。
あぁやまぴーNEWS好きなんだなぁ。
この人はまだまだNEWSやるつもりだなぁ。
さすがやまぴー大好き!!
この人が居れば大丈夫。
この人がこう言ってるんだから大丈夫。
と、少なくとも私にとって、あの頃の心支えはやまぴーでした。
最初こそ無愛想で、なんでお前らと。
ていうスタンスだったかもしれない。
でも一緒に過ごした日々が、彼の気持ちも変えてくれたのでしょうか。
少なくともあの頃、やまぴーは自分がNEWSでいることに誇りを持っていたと思うし、ソロで活動してNEWSに還元するって誰よりも思っていたと思う。
忘れもしない。
NEWSが復活する大晦日の夜、やまぴーの日記でこんな一言があった。
みんな、NEWS復活するよ。
待っててくれてありがとう。
この2行に込められた思い。
ほんとのところは本人にしかわからないけど、きっとあの日の彼は、この日を相当喜んでいたと思う。
なぜなら彼は嘘が嫌いな人だから。
嬉しかった。
やまぴーがこんなにNEWSでいることを嬉しく思っているなんて。
やまぴーは本気でNEWSをやっていたし、本気で続けたいと考えてくれていたと思う。
それからのNEWSは少し堅苦しさもなくなって、みんなよく笑うようになった。
グループとしての活動こそ少なかったけれど、個々でがんばってまた集まったときのパワーは絶大で。
ドームで初めて披露されたshareを聞いたとき、「あぁみんなそれぞれの道はあるけど、戻る場所がちゃんとNEWSなんだなぁ。NEWSでいてくれてるんだなぁ。」って、6人の絆が見えました。
例え離れてたって
心はひとつに繋がってるよ
いるよ そばに
I promise you
まさにその通りで、きっと本当にそういう関係で、そう歌うやまぴーが嘘だとは思えなくて。
やまぴーと亮ちゃんの脱退を告げられた日は、絶望に明け暮れました。
ちょうど友達とNEWS鑑賞会をした帰り道、駅のホームで速報を見て崩れ落ちた。震える手ですぐ友達に電話して嘘だって叫んだ。
泣いても泣いても涙は枯れず、寝て起きても夢じゃなくそれが現実で、まさにどん底とはそのことで。
残る4人の活動は白紙。
正直、
「今度こそNEWSが終わった。」
そう思わないわけには行かなかった。
まさかこんな未来が来るなんて。
こんなことになるなんて。
当時の自分のブログ読んでみたら、怒りなんかよりただただ悲しい気持ちで潰されそうになっていました。
みんな怒りの対象を辞めていった人に向けていたのも悲しい。
NEWSが分裂してしまったのも悲しい。
次の約束がないのも不安。
正直4人で復活するまでの期間の記憶がありません。
何を思って何を待っていたのか。
ほんとは「嘘だよー!」って言って欲しかった。もちろんそんな願いは叶わないと知ってたけど。
今でもあの日のことを思い出すと、大好きだった彼氏に前触れもなくいきなり振られたような感覚になる。
一言で言えば
大失恋
と言える出来事。
毎日6人の映像を見て、歌声を聞いて泣いていました。不思議と見れたんです。みんな見れないって言ってたけど、私はそれまでのNEWSをいきなり見なくなる方が辛くて。過去を振り返っている間は私の知ってるNEWSだから。
今思えば不幸中の幸いだなと思ったのが、
直ぐに4人での活動がなかったこと。
言い方は悪いけど、白紙で良かった。救われた。
でも、待っている間に酷い言葉も沢山聞いた。
忘れられない例の10000字だってあの時期だ。
周りの言葉にも、本人達の言葉にも一喜一憂。
傷ついた言葉も沢山ある。
だけど私はやっぱりNEWSが好きで大好きで、小山くんのことが好きで好きで、NEWSのこと大好きな小山くんが大好きで愛しくて。
NEWSは絶対に無くなってはいけない、なくならないでと必死に祈っていました。
それでも4人を受け入れる準備はまだまだで。
そんな不思議な感情が続く日々。
ぴーちゃんと亮ちゃんの脱退を知る前の、なんだか不安そうな小山くんのメン愛を覚えています。
これからもずっと繋がっていられますように。一緒に手を繋いで歩けますように。
そう綴られていました。
今でも思い出すと考えるけど、いちばん不安だったのは本人たちだよなぁ。
先も見えないのは同じで、ファンの気持ちを考えたら余計苦しかっただろうに。
こんなに後ろ向きな私でも、NEWSは手を繋いでいてくれるのかなぁ?応援しててもいいのかなぁ?
案の定活動を始めた4人のNEWSは、私にはとてもしんどくて。受け入れるにはやはり時間がかかったんです、これでも。
でも、こんなファンにもNEWSはずっと手を差し伸べてくれていて。
ちゃんと手を繋いでいてくれて。
大丈夫だよ、忘れられなくてもいいから、ゆっくり進んでみようか。
変に突っ走って先導きるんじゃなくて、隣で一緒に、急かすことなく進んでくれた。
彼らにそんなつもりは無いかもしれないけど、少なくとも私はそう感じています。
NEWS復活後初のライブ、秩父宮ラグビー場でわんわん泣きました。
復活の嬉しさより寂しさです。そこに私の知ってるNEWSが居なくて、歌ううたは全部知ってるのに、そこに居るはずの2人がいなくて、つらかった。
でも、shareを涙でぐしゃぐしゃになりながら歌う4人を見て、気持ちは固まった。
この人達は今までのNEWSもなかったことになんてしてないし、大切すぎるくらいに愛していて、それで今があるんだよね。同じ気持ちだよねって、ようやく受け入れられました。
その日からも、まだ全然寂しくなることたっっっっくさんあるけど、それ以上にパワーをくれるNEWSのことを信じています。
長くなりすぎたけど、結局何が言いたいかと言うと、
私からNEWSには、この15年ずっと、大好きとありがとうの感情しかないです。
大好きから始まって、何度も裏切られて心折れそうになったけど、それでも支えてくれたのはNEWSなわけで。
今の4人なわけで。
今の4人に言えることは、
私にNEWSファンとしての居場所を残してくれてありがとう。
15年も応援させてくれてありがとう。
NEWSが存在にしなければそれも叶わなかったことです。
あの日終わっていたかもしれない奇跡を、当たり前じゃない毎日を大切に、今日も私はNEWSが大好きで、NEWSの小山くんが大好きで、応援できて幸せです。
これからも4人の夢の続きを一緒に見続けられますように!
ずーーーっと繋がっていられますように!
15周年おめでとう˖⋆.♡